深夜の徒然 終戦記念日によせて(長文)

今日は1945年8月15日。天皇裕仁の「ご聖断」により、ポツダム宣言が受諾され、大東亜戦争が終った日です。
日本は60年前のこの日、敗戦という形で戦争の終結を迎えました。

そも、この戦争は何だったのか。
例によって、一部の人々にとっては、「中国への忌まわしき侵略戦争」。そして私自身、前にも書きましたが、元はド左翼。よって、それを長年信じて来た一人です。

でも、歴史で教えられなかった「戦争の発端」は別にあるのです。

私、こう教えられ、それを信じ続けていました。
「太平洋戦争の発端は、盧溝橋事件である。当時の日本軍は、中国への侵略をすすめ、北京周辺に5千人以上の軍隊を投入し、北京郊外の盧溝橋で演習中の発砲事件を口実に、中国全土へ侵略戦争を開始した。」

一般的にはこう言われていませんか?ところがこれ、大きな間違いなんです。

確かに、「廬溝橋事件」は、日本軍と支那・国民党軍の軍隊同士による軍事衝突です。
開戦の口実とされた発砲事件は、長くなるので詳細は書きませんが、当時の詳細を良く調べてみると、この開戦のきっかけとなった一発目の銃弾は、中国側からの発砲であると記されています。
もっとも、日本軍の軽機の空砲に驚いた支那兵が反射的に発砲してしまったというのが真相のようで、いわゆる「うっかり」が原因のようですね^^;

問題はその後です。

日本軍の当時のスタンスは、「戦線不拡大」。つまり、これ以上戦争は拡大しませんよ。というものでした。現に、盧溝橋事件の後、国民党軍との間に停戦協定が成立しています。

これを破ったのは、国民軍党です。それも、物凄く汚い、姑息なやり方で。
それが歴史教科書に記されていない、「通州事件」と呼ばれるものです。

インターネット時代ですから、検索かけるといっぱい出てきますよ(^-^)。

「通州事件」とは、1937年7月29日、北京の東方の冀東(きとう)防共自治政府の首都・通州で「中国人による日本人の大量無差別虐殺」が行われたというもの。
この「通州事件」は、「廬溝橋事件」の3週間後に起こりました。
当時、通州には「廬溝橋事件」の被害を受けて避難していた婦女子や朝鮮人(当時は日本国籍でした)を含む日本人居留民と軍人等200人あまりが居住していました。
通州には、日本軍の守備隊も駐屯してまいたが、主力が南苑攻撃の為、町を離れ、僅か110名の留守部隊しか残っていなかった所へ、支那保安隊千数百名が襲撃を掛けたのです。

支那保安隊は、多勢にものを言わせて日本軍守備隊を全滅させ、余勢を駆って、日本人居留民にも攻撃を仕掛けました。
彼らは、日本人居留民を通州城内に集め、城門を閉め、逃亡出来ないようにした上で、日本人居留民の住宅に火を放ち、女性はレイプしたた上で局部に丸太を突き刺す等して殺害、子供は両手・両足を切断し、男性には首に縄を巻き付けた上で引き回す等、非道の限りを尽くしたのです。
民間人への殺戮行為は、明確な国際法違反です。

それでも。それでも日本は反撃をしませんでした。
支那との全面戦争を避けるよう動いていました。
それに対し、支那は、8月13日、上海租界の日本人居留民を警備・保護する目的で駐屯していた日本海軍陸戦隊に対し、国民党正規軍20万人もの大戦力を持って攻撃。
警備を主任務とする海軍陸戦隊がそんなもん相手に持つわけが無い。
ついに、陸軍に派兵依頼が出されます。
8月15日、蒋介石は「対日抗戦総動員令」を発令します。
当然、日本国内の世論は、「支那憎し」で盛り上がります。それを受けて同日、日本軍は南京を空爆し、開戦したのです。

「南京大虐殺」。あったとも無かったとも言われるこの大量虐殺を、中国側は未だ謝罪せよと弾劾を続けています。

本当にそうなんか?俺ら日本人だけが悪いんか?
お前らの方が余程腐ったことやってんじゃねえか。ざけんじゃね~よコラ!
以前の日々罵詈で、「多分私も当時生きてたら云々」と書いたのはこのためです。

さて、そういう経緯を踏まえると、無差別大量虐殺は、国際法違反です。
終戦近く、そして現在もイラクに対して行われたのアメリカの無差別爆撃、これが正当なものなんだろか?予告無しに爆弾の雨降らすのが「正義」なんか?
それはてめえらの「正義」という「言い訳」にしか過ぎんのよ。
アメリカの秩序=世界の秩序ではない。

一番、国際ルールを破っているのは、他ならぬアメリカなんです。
沖縄本土決戦においてのアメリカの鬼畜ぶりは、目に余るものがありますし、原爆投下にしても彼らは予告無く、一般市民の上に核弾頭を落としやがったんです。
(長崎では、原爆投下の翌日に「新型爆弾」としてビラを撒布しています。)

まぁ、ただ1点反省点として。悲しいかな、「満州国」建設あたりから、日本は迷走を始めます。
この頃からは「侵略戦争」となって行きますね。残念ながら。

「敗戦」という経緯で、日本は抑え込まれましたし、日本国憲法成立時も、やはり国民自体が戦争に疲れていた。「永久軍備放棄」があの当時の本当に理想だったのだと思います。

この日本国憲法の草案を手掛けた、芦田 均は、第9条を草案する際、下記のようにしようという案もあったそうで。

制定された日本国憲法第9条は
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この、1と2を入れ替えてという案があったんだそうです。
1と2が入れ替わったら、まず永久軍備放棄を詠った上で、戦争を放棄するという事態になります。自衛隊合憲を提唱している人には、甚だマズイ文章になるんですね。
万が一、そうなっていたら「前項の目的を達するため」の条項が外れますから、自衛隊は完全に「違憲」(爆笑)
歴史のいたずらというか、何というか。ifが無くて良かったねという話です。

それから、小泉首相。今日は行ってちょ~だい。靖国神社へ。
日本の首相が日本の神社に参拝して何が悪い。
中国が何か言ってる?はぁ?治外法権じゃろ。というか、前の日々罵詈にも書きましたが、諸外国には、もう充分過ぎる程謝罪と保障はしたはず。
いつまで敗戦国で居るの?この国は。岡田君。あんたにも言いたいよ。

外国の連中には靖国建立の経緯なんてわかりゃせんし、英霊やA級戦犯を合祀していると考えるよりも、日本人にとっては、現在の日本の礎となった、戦争「被害者」が奉られてるんだから。
今の私らが、平和を考え、国際貢献を語れるようになったのは、彼らがあってこそ。

なんか支離滅裂になっちゃったけど、終戦記念日って色んなこと考える不思議な日です。
長文駄文、大変失礼^^;ごめんね。
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by hiroki_kuranaga | 2005-08-15 02:32 | 日々


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